2014-03-30

仕事はこう考えたい。

人事異動により新たな任務が始まった3月。会社の変革期の真っ只中でもあり、それはもう激務が続いています。
Blogも書けやしない(笑)

そんな状況に置かれた自分に思うこと。
今一度、自分の仕事に対するスタンスを再確認しているこの頃です。


  • 今の結果は、過去数か月から1年程度前の複数の人の努力の結果であるわけで、今後、自分の足跡をしっかり残すために、自分らしいこと・違うこと・新しいことを実行する。
  • 現状維持は、後退と考える。
  • どんなポジションや給与であろうと、プロフェッショナルな仕事をする。
  • 意見交換も、自問自答も、常に建設的でなければならない。
  • 常に人から何かを吸収する心構えを持つ。
  • 不正はしない。

ここ1,2年でいつも心に思っていたのがこういうこと。

なんだか、真面目な話になっちゃいました。。


さて、労働ビザの更新のため、来月日本に一時帰国することになりました。

なんと8年ぶりの日本です!

半分嬉しく、半分しんどい。。(仕事が溜まるから)

加えて、帰国中にやらないといけないことが多すぎて、時間が足りない!




とりあえず、花粉が心配です。。

出発までは、先手先手で仕事に掛かるとしましょう。




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2014-03-02

海岸沿いの小さな町。

年末の代休も取れることなくここまで来たので、半ば無理矢理取った久々の2連休。

運転もしたくないので、鉄道で少し南へ。


San Clemente(サン・クレメンテ)は、オレンジカウンティにあるサーフィンで有名な小さなビーチシティです。
人口6万人ちょっと。85%以上が白人です(確かに黒人とアジア人をほとんど見かけなかった)。

もうほんと、ただゆるーく過ごすための旅。


暖かくて、近場で、鉄道でアクセスできて、海の音を聴けて、深いバスタブの風呂(これが中々難しい)に入る。

そしたら、ここになった。

「駅近!海目の前!」そんな物件の踊り文句がぴったりの町ですね。


ダウンタンとピアのある隣駅San Clemente Pier駅までは、歩けるほど近く、こんなふうに線路沿いにトレイルがあります。午前中はセレブ妻がベビー・ストローラーを押してジョギングする姿で、ごった返してました(笑)


海への踏切。

波上を漕ぐサーファー。

田舎のピアって騒々しくなくて、趣もずっとある。

絶好の写真スポットでもある。撮り鉄も大喜びでしょ。

ただ、ただ、夕陽を眺めてました。


宿泊は、よく使うモーテルのチェーンから、アメリカでは珍しい深いバスタブ(ジェットバス)のついた部屋を検索。朝食付き。(おすすめ)
Best Western Plus San Clemente

鉄道で行くなら。(1日数本停まります)
Metrolink
Amtrak

車なら、FWY5を南へ。(鉄道より早いです)



統計だと、年間310日が晴れだという。
美しい町でした。





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2014-02-27

カリフォルニアでとうとう水がなくなる日?


雨が降らない。
川やダムが乾き切り。
野菜や果物が値上がりしてきた。

雨季であるはずのこの時期に、干ばつです。。

雨量が例年の8分の1足らずなんだと。
州の公衆保健局発表の、「あと100日で水道水が供給できなくなるリスト」(写真)を見ればその深刻さが分かると思います。


晴れて暖かいのは、そりゃイイし、一昨日の休日はビーチで陽に当たりながらピザ食ってましたけど(笑)、そうやって平和ボケしている間にも今後の水の供給や食料不足が現実味を帯びてきそうですよ。
本当に危なくなるのは、この夏。乾季による火災シーズンに加えて、踏ん張ってきた農家が最悪倒産し始めるでしょう。

干ばつ、大雪、大洪水。
普通じゃなくなってきているんでしょうか?


明日の天気はなんとずっと待ってた雨!大きなストームが来るらしい。
そしたら今度は洪水と土砂崩れの心配をしないといけない。
人間はホントに小さいもんです。

写真はSFGate.comより

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2014-02-17

あれから50年The Beatles トリビュート

たまらないLIVEショーを観てしまった!



1964年2月9日、アメリカ初上陸し国民的番組エド・サリバン・ショー出演を果たしたその日から、ちょうど50年。

The Beatles Grammy Saluteと題して、トリビュートLIVEと関係者のインタビューを加えた特別番組をCBSで放送。
実に様々なアーティストが、カバー演奏しただけでなく、ポールとリンゴが共演し数曲を演奏するという、なんとも夢のようなLIVEに、興奮です。


50年という年月は普通であれば、時の経過により褪せてしまうもの。今聴くこの曲たちの、街で流れてくるBGMも含めてすでに100回以上も聴くこの曲たちの、鮮度がまるで落ちないのはなんでだろうか?

今聴いても古くない。かっこいいままです。
50年以上、輝きが衰えないもの。
そんなにあることじゃないと思います。




LAのコンベンションセンターで行われたこのLIVE。


曲間のMCでは、ビートルズが4人であることと、ジョンとジョージ2人のための夜でもあることを口にしたポールとリンゴは、なんとも楽しそうに、そして70歳とは思えないほど軽快なパフォーマンスを披露しています。


参加したアーティストは、超有名どころがずらり。それぞれの持ち味を出して、秀逸なカバーを披露してくれて、彼らのミュージシャンとしての実力がよく分かりましたね。

特に良かったパフォーマンス
Jeff Lynne(ELO)とJoe Walshの "Something"
Alicia Keysと John Legendの  "Let it Be"
Dave Grohl (Foo fighters)と Jeff Lynneの "Hey Bulldog"
Ed Sheeranの  "In My Life"

このあたりが嬉しさMAXでしたね。

ポールとリンゴも合計9曲も披露するという、一般テレビでやるにしては本気度の高い内容。
(マジカル・ミステリー・ツアー、バースデイ、サージェント・ペパーズ、イエロー・サブマリン、ヘイ・ジュードなどなど)


その他参加アーティスト
Stevie Wonder
John Mayer
Keith Urban
Katy Perry
Annie Lennox
Dave Stewart
Maroon 5
Brad Paisley
Imagine Dragons




皆それぞれにビートルズに何らかの影響を受け、それぞれのストーリーを持っているんだと感じました。



写真2,3はthe Beatles Bibleから。
その他はCBS Los Angelesから。


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2014-02-10

年始から急病でした。アメリカで医者にかかるということ。

年末年始は怒涛のごとく働き続け、抵抗力が落ちたのか、ウイルス性胃腸炎にかかったあげくに脱水症状を起こし、死にそうになりながら(笑)病院に連れて行ってもらいました。

だって、口に入れるもの水さえも受け付けずに全て吐いて吐いて吐きまくってましたから。

点滴打って、2日間はろくに食事も摂れずゲータレードのみで過ごし、インフルエンザでは無かったので3日目からは仕事に復帰しました。人間、食事を摂らないと力が無くなるのに加えて、声が出なくなる。職場で歩くのはもちろん、喋るのもしんどかったです。

いやー、きつかった。

にしても、1週間後に久々に食べた肉が美味いこと。お肉を食べるって、幸せですね。


さて、医療費の高さで有名なアメリカですが、タイミングが悪くこの時期保険に加入してませんでした。
アメリカで医者にかかる場合、いろんな選択肢がありますが、今回は日本のドクターにかかりました。

理由は、症状が重く状況把握等を正確にしたかったのと、すぐ近所に設備の整った胃腸科系の日本人医師がいたから。
結局、インフルエンザの検査と、点滴数時間なども含めて$250掛かりました。

また、急病時の医療機関の選択肢として、街のドクター以外に、夜間や休日も時間限定で対応するUrgent Careや、ER(緊急外来)などもあります。
ただし後者の二つは、予約不要で病気・怪我問いませんが、いつ順番が来るか全く未知数なのと、他により症状の重い患者がいた場合、そちらが優先されますね。また、治療内容も最低限です。

カリフォルニア州は、比較的大きな街であればたいてい日本人(日系人)ドクターも居るので、あらかじめ調べて準備しておくといいと思います。


その後は再び元気一杯。
しっかり食べて、またまた怒涛のごとく働いています。

しかしまあ、健康第一!ってことです。








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2013-12-26

カリフォルニアを象徴するようなクリスマス

繁忙期の12月。
あんまり休んでないのですが、今日25日は半日だけゆっくり出来ました。


しかしなんだね、本日のTorrance市の最高気温80度(25℃)
平年を遥かに上回る夏日です!

良く晴れたので夕方にサンセットでも観に行こうかと、Redondo Beachまで行ったら、思った以上の人混み。

そう、アメリカのクリスマスは、ほぼどこも休業。買い物も食事もするところは無いに等しい。やっているのは、中国料理レストランくらいです。彼らは国民的祭日も休みませんからね。

そんなもんだから、結局人が行きつくところは、ビーチくらいです。
こんな陽気だし。

イブの夜から、街はひっそり。
道は空いててイイですよ。

太平洋に沈みゆく太陽を見て、あれこれ今年起きたことを考える。

さて、これが今年最後の休日。
うまくいけば、来年最初の週末くらいに次の休みが取れそうです。。


ブログに訪問してくださった皆様、良い年をお迎えください。
Merry Christmas & Happy New Year!!




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2013-12-18

在米10周年!

在米と言っても、全てカリフォルニア州なんですけど、今月で10年がまるまる経過。

いまや、知らない日本の芸能人もいっぱいいます!

渡米したての頃は、学生としてビザを取り、まずは勉学に励みましたが、その頃撮った写真がもう
笑えるほど肌がぴちぴちしている。
男なので特に肌に変化があっても気にしないのですが、あまりに差を感じて面白いです。

渡米当時は、当時LAで働いていた妹に助けられながら、生活を開始。
学びたいことがあったので、日本の仕事を辞めて学生に戻り、ものすごく勉強しました。こっちの大学は、本当に勉強しないと修了できませんからね。

それからというもの、いろんな生活や仕事の知恵を学びました。
アメリカは、普段の生活からお金、裁判、医療、犯罪まで、実にいろいろなリスクがあって、自分で自分を守らないといけません。

まだまだ危なっかしいけど(笑)

かなり引越しもしましたね。
10年で8回引越し。9件の住居を持ちました。

Burbank (LA近郊)

Marvista  (LA市内)

West LA (LA市内) 

Sawtelle  (LA市内)

Culver City (LA近郊)

Sunnyvale  (San Jose近郊)

San Mateo  (San Francisco近郊)

San Mateo2件目  (San Francisco近郊)

Torrance  (LA近郊)

それぞれ思い出がありますが、やはり将来はチャンスがあれば、北カリフォルニアのサンフランシスコ近郊へ戻りたいです。自分に一番合う場所でした。

まあ、カリフォルニア州は、概ね過ごしやすいところです。

大事故などなく、元気に過ごせてこれて良かった。
感謝、感謝。


ビザが常にネックです。
いつまで住めるんだろうか。。


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2013-12-16

シエラ・ネバダ山脈を行く~ハイウェイ395の旅⑧

Bodieを出てHWY395をさらに北上すること約2時間。


久々に町らしい町が出てきました。


ここGardenvilleという町が、僕らが走る395号では最後の町。
記念にルート看板をパチリ。
いやぁ、5日間も走ってると、思い入れが出てきますね。

ここから東へ207号に入り、シエラ・ネバダの山を超え、最終目的地のLake Tahoeへ向かいます。

レイク・タホは、カリフォルニアやネバダの人々が利用する、大型レジャー&保養地なんですが、今回は夜を過ごす中継地としてきただけなので、翌日周辺を散策しただけですが、初めて来てビックリしました!


見よ、この透明度!



それはもう大きくて、美しい湖。


ちなみに、湖岸の長さは1週71マイル(114km)!
深さ、最大で501mだという。

夏は、キャンプ、ゴルフ、ボート、その他水上スポーツ。冬はスキーなど。近場には温泉も湧いてますよ。
9月下旬だったので混雑はなかったものの、周辺に雪も被ってて結構寒かったです。夏でも防寒具は忘れずに。

旅を締めくくるラッキーなプレゼント!
野生のワシが飛んできた。


さて、帰路のため空港のあるサクラメントへ。タホからは2時間弱。
ここでレンタカーを乗り捨て。

ずいぶん走りました。
6日間の総走行距離1018マイル(1629キロ)!

いやー、やはりカリフォルニアは面白い。
同じ州内の同じHWYを走っているのに、見えてくるものから天候まで、実に多様で変化が大きくて、「シエラ・ネバダ裏筋街道395号の旅」は大満足でした。

あんだけ走って、LAまでの帰りの飛行機、たったの1時間です。。





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2013-12-02

シエラ・ネバダ山脈を行く~ハイウェイ395の旅⑦

この日目指したのは、ゴースト・タウンとして有名なBodie(ボーディ)。

HWY395から一旦はずれ、さらに内陸側へ約45分、途中舗装もされていない砂利道?岩道?を走ります。
辺りは何もない。


悪路による揺れに疲れた頃見えた目印。
ここかぁ。。


入り口で入園料(現在は州の管理下にある)を払うと地図をくれます。

ここまで来るのがなんとも大変ですが、全米でも有数のGhost Townであるボーディは、金が採れると発見された1859年から、主に金を掘る人や売春婦が急激に住みつき、人口最大で1万人ほどいたそうです。




強盗や殺人がはびこり、街中にはチャイナタウンもあったという。

 
学校もあった。
 
結局金が枯渇し始めた1800年代後半には、人が離れ、建物だけがそのまま残ったのが、後に国の歴史遺産として保護され、今はカリフォルニア州がパークレンジャーを常駐させ管理しています。

聞こえるのは吹きさらしの強風と、今にも崩れそうな木造建物のギィーギィーと鳴る音。
人も動物もいない。
薪で暖をとらないと、夜は夏でも凍えます。

レンジャーも、しんどいだろうね。
陸の孤島状態です。。

しかし、こんなところ滅多に来れません。
いろんな生活と時代のイメージが垣間見えて、これは面白いなー。


以下のサイトも参考になります。
CA Parks & Recreation
Bodie State Historic Park

ベストシーズンは夏ですが、びっくりするくらい寒いので防寒具を忘れずに。
悪路なのでスポーツ・カーや小型セダンはお勧めしません。







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2013-11-18

シエラ・ネバダ山脈を行く~ハイウェイ395の旅⑥

LAからセコイヤを経由して、ひたすらUS395を北上してきたこの旅も、いよいよ終盤戦を迎えるのですが、、
まだまだ楽しみは尽きない!

今度はちょっと変わった、世にも珍しい湖、Mono Lakeへ。

395号沿いにあり、東側のシエラ・ネバダ山脈に少し入ると、ヨセミテがある辺り。

TUFAと呼ばれる石灰岩が湖面に突き出すモノ・レイクは、海水の約3倍の塩分濃度があり、天候などによる水分の蒸発で白く乾いて、このような見た目になるそうです。

流れ出る川も無く、魚も生存できません。
その代り、小さな透明のエビが住んでいて。
季節によって、多様な鳥の群れも訪れる。
水際には、とてつもない数のハエ(写真水際の黒い部分が全部ハエ!)がくっついて水面を揺らしてました。
人間が泳いでも問題ないらしいですが、このハエ見ると ・・・・・・。
そして日本の懐かしい温泉の匂い(硫黄臭)がします。


この面白い生態系と不思議な光景は、季節や時間帯によって様々な表情を持つので、多くの自然愛好家やカメラマン、観光客を魅了するのも納得です。
ググると実にいろんな写真が出てきますしね。

ビジター・センターでは、モノ・レイクの成り立ちや知られざる事実、実際に湖から持ってきた生存しているエビなど、観察できます。
ひと目で違いが分かる塩分濃度。左からレイク・タホ、太平洋の海水、そしてモノ・レイク。

しょっぱいなぁー。

湖はかなり大きいので、場所によっては絶好のビュー・ポイントがあるんだと思います。時間があれば、ぜひゆっくり車や徒歩で散策するのもいいでしょう。

ヨセミテでキャンプをして、セットでここに訪れるのもありですね。






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2013-11-13

シエラ・ネバダ山脈を行く~ハイウェイ395の旅⑤

ギラギラの太陽に乾いた強風。
395号をさらにひたすら走り、この日の宿泊地Mammoth Lakesに到着したのは夜。

スキーリゾートとしても有名な場所だけに、やけに寒いなーとは思ってました。9月ですが、モーテル内でも暖房なしではしんどかったですね。キャンプの残り食料と、当地のスーパーでGETした、地ビールを楽しむ。

Mammoth Brewingの、その名もIPA395!
 
 
いい記念になりました。実はCA州には良い地ビール、クラフトビールが多く、ビール好きにはたまらないでしょうね。
 
そして、朝を迎え驚くべき事態が!
 
 
 
 
ゆ、雪っ?
 
 
 

数時間前まで、砂漠でTシャツ1枚で日焼けする環境に居たのに。
これも395パノラマ街道のドラマチックな変化の醍醐味なのか。
やっぱりカリフォルニアはいろんな顔を持ってて面白い。
 
雪かきを終えてマンモスレイクを出発。
今度は雪山に囲まれたJune Lake Loop Road をドライブです。
 
美しい湖が点在し、緑も多く、別荘やキャンプサイトもあるこのエリアは、どこかの品の良さと余裕が感じられる場所。訪問者の年齢層も高く、ゆったり構えたい感じ。出来れば1泊して、日頃のストレスを癒したいです。
 


ループ・ロードを1周すれば、また395号に戻れます。
 
 
このあともう1発!今度は少々変わった湖を訪れます。
 
 
 
 
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2013-11-10

シエラ・ネバダ山脈を行く~ハイウェイ395の旅④

Lone Pineの町から車でおよそ10分程度。

今では隠れた観光歴史名所としても知られる、Manzanar Internment Camp(マンザナール日系人強制収容所)跡地に寄りました。
現在は国立公園局が管理し、レンジャーが在中して、ビジターセンターを運営しています。


シエラ・ネバダを背にして、手前には広大な砂漠。もうどこにも逃げられないと諦めがつくような場所に作られた収容所は、全米で10箇所あったうちの一つ。冬は極寒。それ以外は砂嵐に見舞われた想像を超える厳しい環境だと、分かりました。

意外と楽しさもあった?

館内には、多くの貴重な写真や映像、遺品が残り、これがかなりお勧め!
意外と知らない事実の山に、いい勉強になりましたよ。

学校や、病院もあり、音楽バンド活動や野球、剣道も楽しめたそうです。

数々の写真は、実は収容されたある日本人写真家の隠し撮りでした。
のちに見つかり、カメラは没収されたものの、その後専門写真家として、撮影も許可されることになり、結局これだけ貴重な資料が今でもちゃんと残っているわけですね。

関連するいざこざや抵抗した人間もいて、死者も出ましたが。



一番苦しかったのは、収容される直前と、収容所が解散になった後。
直前には家財道具や資産を強制的に手放し、犯罪者扱いされ。
解散時には、わずか20ドルが各自に配布され、戻ったそれぞれの場所では、耐え難い差別が待っていました。


中々来れない僻地にありますが、一見の価値はあると思います。
変な言い方ですが、意外に入り込んでしまい、面白かったですね。
日本軍のパール・ハーバー攻撃を受けて、実施された強制収容は、いろんな物語が詰まっていました。

慰霊碑は広い敷地内を車で移動。
灼熱の太陽に、砂ぼこりが舞う、乾いた空間。

一般知識や観光情報など詳しくはWikipedia(日本語ENGLISH
もしくは公式サイトNational Park Service より。当時の詳しいレイアウトなども見れます。



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2013-11-07

シエラ・ネバダ山脈を行く~ハイウェイ395の旅③

さて、いよいよ大本命のHWY395へ。

ここが別名パノラマ街道とも呼ばれる所以が、実際走って分かってきます。もう本当にドラマチックですよ。


まずは周りに人気がほとんどない砂漠地帯を、えんえんと北上して行きます。
左が西側、つまりこの山並みがだんだんと高くなっていき、先日寄ったセコイヤ国立公園や、ヨセミテなどを含むシエラ・ネバダ山脈。右(東)へ行けば、デス・バレーです。


平坦な砂漠地帯を抜けると、タモさんもビックリ(?)な断層むきだしの乾いた岩山も多く点在。
ここまで来ると、美しいです。

セコイヤを出ておよそ6時間半くらいでしょうか、次の目的地Lone Pineに着いたのは結局夜。1件しかないスーパーで買ったピザとビールを、モーテルの部屋でかぶりつく。疲労感で一杯の身体には嬉しいご馳走でした。

翌朝ギラギラの太陽の下で、シエラ・ネバダを目の前にしての日光浴に至福の時間を味わいます。

今回泊まったのは、シエラ・ネバダの名峰であるMt.Whitney(ウィットニー)を目の前に贅沢に楽しめるBEST WESTERNを選びました。朝食も無料バフェスタイルで、フルミールが楽しめます。


さて、今回の旅における目玉の一つ。Mt.Whitney
カリフォルニアを代表する名峰なだけではなく、アラスカとハワイを除く北米最高峰の4421m。
街が発達している山脈の西側からは絶対に観ることのできない、苦労してここまで来ないと堪能できないレアな山なんです。
奥に構えるトガッた4本。まるで左右二人の巨大な門番に守られているよう。



目の前で見る名峰は本当に美しかった。
太陽に当たってキラキラしてる。
さすがに感動をもらいましたね。

ちなみに、登山口まで車で入ることが可能で、周辺にはキャンプサイトもあります。ここでテントで宿泊なんてのもありかも?

名峰を目の前に構えるLone Pineは、人口2千人程度の小さな町。
どことなく古き良きアメリカをイメージさせている、ゆったりとした場所ですね。Mt.Whitneyへの登山者や訪問者、また映画のロケ地(砂漠のシーンなど)にもしばしば使われる土地柄から、映画関係者の宿泊地としても利用されているようです。



午後に町を出発。
このあとマンザナール日系人強制収容所跡地に寄ります。


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